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東京高等裁判所 昭和31年(う)2812号 判決 1957年4月03日

被告人 荻原今朝代

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、前橋地方検察庁検察官検事杉本覚一作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

児童福祉法第三四条第一項第五号に規定する、「満十五才に満たない児童に酒席に侍する行為を業務としてさせる行為」とは、主として風俗営業取締法第一条第一号(遊興又は飲食をさせる営業)又は第二号(ダンスをさせる営業)に掲げる営業において、客に酒類を提供する場合、満十五才に満たない児童をして、飲酒の席に出させ、客の機嫌をとるため、又はその席に興をそえるため、客の傍らに侍して接待につとめ、或は酒の酌をなすなどの行為を当該営業としてさせる行為を汎称するものと解するを相当とし、その趣意とするところは、ただに社会通念上、猥らな行為が行われる虞のある場所に常に立ち入らせることの、その児童に及ぼす心身の悪影響を防止するにあるばかりでなく、知能や身体の発育過程にある未熟な満十五才に満たない児童を心身ともに健やかに育成させる上において障害となるからにほかならない。しかして、その酒席に侍する行為をなすものは、通例芸妓、女給、酌婦などが掲げられるが、これらの者に限るべきでなく、料理店における仲居、酒類を提供する飲食店における女中、雇女らも酒席に侍する行為をなすを通例とする。

そこで、本件について、記録及び原審において取り調べた証拠に現われている事実を精査し、原判決を仔細に検討し、当審事実調の結果並びに検察官の所論を彼此考察するに、本件の飲食店「銀星」が高崎市公安委員会の許可を得て営業をなす風俗営業取締法第一条第一号に該当する、「客席で客の接待をして客に飲食をさせる営業」であり、被告人が満十五才に満たないA子ことE子(昭和十六年一月四日生)を営業のために雇い入れた事実はこれを認めるに吝でないが、この事実をもつて、直ちに被告人がE子をして酒席に侍する行為を業務としてさせたものと推認すべきでなく、原審証人E子の証言によれば、同証人は、「銀星」が、そばや酒、ビール等の飲食物を客のところに運ぶ仕事をなし、客に酒をついでやることも、めつたにないが、たまにはあつた、それも客についでくれといわれれば、ついでやつたこともあつたが、自分で進んでついでやつたことはなく、店では最初の一杯はついでやるのがしきたりで、私はいつでも立つたままでついでやつた旨供述しており、同証人の当審における証言では、酒を客に持つて行つたとき、五、六回酌をしたが、他の女中がいつもそばについていたから酌をしろと特にいわれたことはなく、客は駅前のことだから、汽車を待つ時間酒を飲むとか、一寸そばを食べていくとかいつた人が主であつた。店は夜昼なしにやつていたが、私は朝八時頃から夜八時頃まで働いた。一番おそいのが夜十一時頃までであつた、酌をするとき客の座つているそばの椅子に掛けたときは、いつも他の女中がついていてくれた旨供述しているのであつて、E子が特に客の機嫌をとるため又はその場に興をそえるため客の接待につとめ、或は酒の酌をしたものと認定するに足る証拠はないのである。もつともこの認定に反する同人の司法警察員及び検察官に対する供述、並びに被告人の検察官に対する供述は、にわかに措信しがたいものがある。すなわち、本件公訴事実に記載された「被告人は女中として雇入れた満十五才に満たないE子(昭和十六年一月四日生)をして客席に侍らせて酒客の接待をなさしめた」との点はこれを認定するに足る証拠がないので、本件公訴事実については、犯罪の証明がないことに帰着し、被告人に対し無罪の判決を言い渡すべきものとする。

要するに、所論に鑑みるも被告人に対し無罪を言い渡した原判決はその結論において正当であるから、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却すべく、主文のとおり判決する。

検事磯山利雄関与。

(裁判長判事 工藤慎吉 判事 草間英一 判事 渡辺好人)

別紙一(検察官の控訴趣意書)

児童福祉法違反 荻原今朝代

右の者に対する頭書被告事件につき昭和三十一年十月二十五日前橋家庭裁判所が言渡した無罪の判決に対し控訴を申立てた理由は左記の通りである。

原判決は、事実を誤認し、且つ適用すべき法律の解釈を誤り、罪となるべき事実を罪とならないものと認定したものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないものと思料する。

即ち、原審は

「被告人は、高崎市八島町五十八番地において、飲食店「銀星」を営んでいる者であるが、昭和三十年八月中旬頃から同年九月二十日頃迄の間毎日のように右店舖において女中として雇入れた満十五才に満たないE子(昭和十六年一月四日生)をして客席に侍らせて酒客の接待をなさしめ、以て児童に酒席に侍する行為を業務としてさせたものである」

との公訴事実に対し

「被告人は、高崎市公安委員会の許可を得て、肩書住居から通いで高崎市八島町五十八番地に於て飲食店「銀星」を営んでいたこと、

右店舗においては、うどん、そば、丼類を主としこれに附随して酒、ビール等を販売していたこと、

E子(昭和十六年一月四日生)は、昭和三十年八月中旬頃から同年九月二十日頃迄の間、右店舗において女中として雇われ、そば、うどん、丼類、酒、ビール等を調理場より客席に運ぶ労務に服し、時に客に対して一、二杯の酒の酌をなす場合もあつたこと」

等の事実を認め乍ら

「児童福祉法第三十四条第五号において満十五才に満たない児童をして「酒席に侍する行為」を業務としてさせる行為を処罰する所以は、社会通念上、猥らな行為が行われる虞のある場所に常に立入らせることの、その児童に及ぼす心身の悪影響を防止するにあつて、同号に云うところの「酒席に侍する行為」とは料理店等において飲酒の席に出て客を相手にその応接につとめる行為は勿論、飲酒の度で客に対して興をそえることをその主要の目的とする行為(その代表的な例として芸妓、女給、酌婦などのそれがあげられる)を指称し、単にそば屋等の飲食店においてそば類、酒類を客席に運ぶにすぎない行為は、たまたま客に一、二杯の酒の酌をすることがあつても社会通念上、前記法条に云うところの「酒席に侍する行為」とは解せられない。しからば以上認定の諸般の状況の下にあつては、E子の行為は到底「酒席に侍する行為」とは認むるに由なく又被告人がかかる行為を一定の期間E子をして継続反覆せしめたとしても右行為を業務としてさせたものとは云い難く結局以上認定の事実は罪とならず」

との理由で被告人に対し無罪の言渡を為したものである。

之れを要するに原判決は、E子は、飲食物を調理場から客席に運ぶ業務に従事していたに過ぎないのであつて、時偶、客に酒のお酌等の接待サービス行為をとつてもそれは酒席に侍する行為ではなく、従つてそれを継続反覆しても同人の業務とは云い難いということに帰するのである。

然し乍ら、原判決は次の二点において重大な事実の誤認をなし、その誤認の上に立つて適用すべき法律の解釈を不当に歪めて適用しているものであると云わねばならない。

即ち

第一点 原判決は、「本件飲食店「銀星」の営業内容は、うどん、そば、丼類の販売が主であつて、酒、ビール等の販売は単に之に附随してなされているにすぎないものである」と認定したものであるが、本件飲食店は、所謂風俗営業取締法に云うところの飲食店であつて、酒席において酒客に接待サービスをなすことを当然予定しており、女中達は斯る行為をなすことをその業務内容として稼働しているのである。

本件飲食店が風俗営業取締法に云うところの飲食店であることは被告人検察官調書(記録第六十八丁以下)において「昭和二十六年十二月十三日頃、私名儀で高崎市公安委員会許可第一二一一号の許可証を受けて銀星という屋号で飲食店を始め現在に至つております」と供述していることによつて明らかな通り、原判決においてもこの点は認めているところである。

而らば風俗営業取締法に云うところの飲食店とは、同法第一条に明定されている通り「待合、料理店、カフエー、その他客席で客の接待をして客に遊興又は飲食をさせる営業」を云うのであるが、このような営業が公安委員会の許可なくして営むことが出来ず、而も風俗営業取締法の対象となる所以のものは、正しく原判決でも云うように斯る飲食店においては、社会通念上猥らな行為の行われる虞れがあるからであると云わねばならない。

そこで本件飲食店は、正にこの猥らな行為が行われる虞れのある飲食店であるが、故にこそ風俗営業取締法に規定するところの公安委員会の許可をうけて営業を営んでいるものであるが、そのことは又反面において、本件飲食店において稼働するところの女中は、児童でない限り酒席に侍して酒客にお酌等の接待サービスをなすことが許されているのであつて、それは女中としての本来の業務であると云わねばならないのである。

而して本件飲食店の女中達が斯る接待を、女中としての本来の業務であるとして稼働していたことは、E子の証人尋問調書(記録第二十丁以下)において同人は、「この店はお客に酒類を運んだときにお酌をしてやることが慣行のようであつたので自分もそのようにやつていた」旨供述しており又同調書において「他の女中さんもお客に酒類を沢山呑んで貰うために愛嬌をふりまいてサービスしていた」旨の供述をなしていること、及び白石シゲの証人尋問調書(記録第六十二丁以下)における同趣旨の供述記載によつて明らかに認められるところである。

のみならず本件飲食店が、昼夜兼行にて開店し女中達は二交替制によつて十二時間勤務をなしていることは、前記E子及び白石シゲの各証人尋問調書によつても認められるところであつて、斯る点からしても本件飲食店の女中が夜間の酒客に対して客席に侍して接待サービスの行為をなしていたことは容易に窺い知ることができるのである。この様に、酒席に於いて、客に出来るだけ沢山の酒を呑んでもらおうと思つて、お酌をしたり、愛嬌をふりまいたりする行為こそ、「酒席に侍する行為」であると云わなければならない。

かかる行為をしてそれが、「酒席に侍する行為」でないとするならば果して、如何なる行為をもつて「酒席に侍する行為」と云えるであろうか。

もとより、本件飲食店の女中が、酒席に侍する行為をその業務のすべてとしていたものでない事は、原判決に於いても云う如くであつて調理場から、客席に飲食物を運搬する行為も、その業務の主要な一内容としていた事は明らかな事である。

然して原判決は「酒席に侍する行為」の代表的な例として、芸妓、女給、酌婦等を挙げているけれども、まさしくこれは代表的なものであつて決してそれ以外にないと云う事ではない。

例えば料理店に於ける「仲居」の如きは、飲食物の運搬行為と共に酒席に侍する、接待行為をも、その業務の内容としているものと考えられる。

本件、飲食店の女中は、丁度この「仲居」の如く、飲食物の運搬と共に酒席に侍してお酌等の接待行為を、其の業務の内容として為していたものと、明らかに認められるのであつて、決して、飲食物の運搬のみが、其の業務として限られていたものであるとは、考えられないのである。

されば、その業務の一内容として酒席に侍して酒客にお酌等の接待行為を為しているものである以上、それが飲食物を客席に運搬した際になされたものであつても或いは又その回数が、少なかつたとしても、それを以つて「酒席に侍する行為」でないと云う事は出来ないのである。

この点に於いて、原判決は、本件飲食店の女中の業務は、厳格に、飲食物の運搬のみに、限られていたものであるとの前提の下に時たまの酒客に対するお酌や、愛矯をふりまく等の接待行為が、その業務の内容でないとしている事は、重大な点に於いて事実を誤認しているものであると云わなければならないのである。

第二点 現に本件児童E子は、その稼働期間中、他の女中たちと同様に毎晩の様に酒客の傍らに腰を下ろして、お酌する等の接待サービス行為を行つていたものである。

この事はE子の検察官調書(記録第二十七丁以下)に於いて同人は「私は、店に出て毎日の様にお客に、酒やビールおそばとかその他の食べ物などを運んだり、又お客が、酒やビールを呑んだりする時は、お客の側に腰を下ろして、酒やビールをついでやつたりするサービスをして、働いていたのであります」と供述して居り、この事は同人の、司法警察員調書(記録第三十一丁以下)に於いても述べて居り、且つ又同人の証人尋問調書(記録第二十丁以下)に於いても、これと同越旨の事を、一貫して、供述しているのである。

のみならず、被告人自身も、検察官調書(記録第六十八丁以下)に於いて「こうしてEちやんはその晩から働らかせたのでありますが、私方店は、そば、御飯物、酒等の営業をしているのでEちやんも他の従業員と同じ様に、店に呑みに来たお客等には、その傍らへ腰掛けて、酒をついでやつたりして、接待したのであります。

そして、私方店は、駅前の店でありますのでEちやんはこうしたお客の接待等して、夜明しすることも、度々ありました」と供述している事によつてまことに明らかに認められるところである。

かかる行為が、いわゆる「酒席に侍する行為」でもなく又、本件女中の業務でないとするならば、果してそれは何と解したらよいのであろうか。

此の店に働らいていた児童たるE子も、そして又、店の経営者である被告人自身も、かかる酒客に対する接待行為を、女中としての、日々の当然の業務であると考えており、業務として為していたとしか考えられないのである。

原判決の云う如く、かかる行為が「酒席に侍する行為」でなく、従つて、十五才未満の児童がかかる行為を行つてもその児童の心身に何ら悪影響を及ぼすものでないとするならば、児童福祉法の法意は、全く、没却されたものであると云わなければならない。

原判決は、この点に於いても重大な事実の誤認を犯し、「酒席に侍する行為」を誤認しているものである、と信ずるものである。

以上の述べた様に原判決は、最も重要な点である「酒席に侍する行為」と「本件飲食店の女中の業務」とを誤認し、この誤認の上に立つて児童福祉法第三十四条第五号に規定するところの「酒席に侍する行為」の解釈を不当に歪めて解釈して「酒席に侍する行為」そのものを指して「酒席に侍する行為」でないとしているのであつて、到底之れを容認することはできないのである。

若し仮りに、斯る行為を以て「酒席に侍する行為」に該当せず従つて児童をして斯る行為をなさしめても何等差支えなきものであるとするならば、児童の心身は健やかに育成されなければならないとの児童福祉法の意図する目的は全く失われて了うのであつて、原判決はこの児童福祉法の法意に照らしても、之れを肯認することはできないのであつて到底破棄を免れないものと信ずるものである。(昭和三一年一二月五日前橋地方検察庁検察官検事 杉本覚一)

別紙二(原審の児童福祉法違反事件の判決)

主文および理由

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は

被告人は高崎市八島町五十八番地において飲食店「銀星」を営んでいる者であるが、昭和三十年八月中旬頃から同年九月二十日頃迄の間、毎日のように右店舖において、女中として雇入れた満十五才に満たないE子(昭和十六年一月四日生)をして客席に侍らせて酒客の接待をなさしめ以て児童に酒席に侍する行為を業務としてさせたものである。

というにある。

よつて審案するに

E子にかかる身上調査回答書

証人E子の当公廷における証言

証人白石シゲの当公廷における証言

被告人の検察官に対する供述調書(但し後記措信せざる部分を除く)

当裁判所の検証の結果

を綜合すれば

被告人は高崎市公安委員会の許可を得て肩書住居から通いで高崎市八島町五十八番地において飲食店「銀星」を営んでいたこと。

右店舖においてはうどん、そば丼類を主としてこれに付随して酒、ビール等を販売していたこと。

右店舗は国鉄高崎駅表口集札口より西方約二十五米の地点に存在する粗末な未造亜鉛葺バラック建長屋の南端の一戸建坪約八坪余であつて店内には調理場の外に木製の椅子五個(内背中合せのもの二個、ただ背掛けのもの二個)及び木製食卓三個並に約一畳敷の板席が設けられていたこと。

E子(昭和十六年一月四日生)は昭和三十年八月中旬頃から同年九月二十日頃迄の間右店舗において女中として雇われそば、うどん、丼類、酒、ビール等を調理場より客席に運ぶ労務に服し時に客に対して一、二杯の酒の酌をする場合もあつたこと。

を認めることができる。

E子の検察官並に司法警察員に対する供述調書及び被告人の検察官に対する供述調書中、右認定に反する供述記載の部分は採用しない。而して児童福祉法第三十四条第五号において満十五才に満たない児童をして「酒席に侍する行為」を業務としてさせる行為を処罰する所以は社会通念上、猥らな行為が行われる虞のある場所に常に立入らせることの、その児童に及ぼす心身の悪影響を防止するにあつて同号に云うところの「酒席に侍する行為」とは料理店等において飲酒の席に出て客を相手にその応接につとめる行為は勿論飲酒の席で客に対して興をそえることをその主要の目的とする行為(その代表的な例としては芸妓、女給、酌婦などのそれがあげられる)を指称し単にそば屋等の飲食店においてそば類、酒類等を客席に運ぶにすぎない行為はたまたま客に一、二杯の酒の酌をすることがあつても社会通念上これ等の行為は前記法条に云うところの「酒席に侍する行為」とは解せられない。しからば以上認定の諸般の状況の下にあつてはE子の行為は到底「酒席に侍する行為」とは認むるに由なく又被告人がかかる行為を一定の期間E子をして継続反覆せしめたとしても右行為を業務としてさせたものとは云い難く結局以上認定の事実は罪とならず刑事訴審法第三百三十六条に則り無罪の言渡をなすべきものである。

よつて主文の通り判決する。(昭和三十一年十月二十五日前橋家庭裁判所 裁判官 高野一郎)

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